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カメラ:CASIO EXILIM EX-P600
レンズ:
ISO 50 ・ 絞り F5.0 ・ シャッター 1/800秒
焦点距離33mm(35mm換算) ・ フラッシュ OFF
撮影日時 2006年11月13日 10:17
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南国の楽園
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カメラ:CASIO EXILIM EX-P600
レンズ:
ISO 50 ・ 絞り F2.8 ・ シャッター 1/80秒
焦点距離33mm(35mm換算) ・ フラッシュ OFF
撮影日時 2008年2月14日 17:45
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地元の子供たち
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カメラ:CASIO EXILIM EX-P600
レンズ:
ISO 50 ・ 絞り F4.0 ・ シャッター 1/1000秒
焦点距離33mm(35mm換算) ・ フラッシュ OFF
撮影日時 2006年11月13日 10:42
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サイパンのコンビニ
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カメラ:CASIO EXILIM EX-P600
レンズ:
ISO 50 ・ 絞り F5.6 ・ シャッター 1/640秒
焦点距離33mm(35mm換算) ・ フラッシュ OFF
撮影日時 2006年11月13日 12:31
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タポチョ山頂上へ続く道
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カメラ:CASIO EXILIM EX-P600
レンズ:
ISO 50 ・ 絞り F5.0 ・ シャッター 1/800秒
焦点距離33mm(35mm換算) ・ フラッシュ OFF
撮影日時 2006年11月13日 11:55
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タポチョ山頂上からの眺め
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カメラ:CASIO EXILIM EX-P600
レンズ:
ISO 50 ・ 絞り F4.5 ・ シャッター 1/800秒
焦点距離33mm(35mm換算) ・ フラッシュ OFF
撮影日時 2006年11月14日 10:55
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マニャガハ島でのシュノーケリング
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カメラ:CASIO EXILIM EX-P600
レンズ:
ISO 50 ・ 絞り F2.8 ・ シャッター 1/1000秒
焦点距離33mm(35mm換算) ・ フラッシュ OFF
撮影日時 2008年2月17日 12:07
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魚はあまり人間を恐れていない
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カメラ:CASIO EXILIM EX-P600
レンズ:
ISO 50 ・ 絞り F4.0 ・ シャッター 1/1000秒
焦点距離33mm(35mm換算) ・ フラッシュ OFF
撮影日時 2006年11月14日 09:54
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同じくマニャガハ島にて。多種多様な魚が目の前に
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カメラ:CASIO EXILIM EX-P600
レンズ:
ISO 50 ・ 絞り F5.0 ・ シャッター 1/1000秒
焦点距離33mm(35mm換算) ・ フラッシュ OFF
撮影日時 2006年11月14日 10:37
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会心の一枚。奥のサヨリ、ナイスカメラ目線
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カメラ:CASIO EXILIM EX-P600
レンズ:
ISO 50 ・ 絞り F2.8 ・ シャッター 1/1000秒
焦点距離33mm(35mm換算) ・ フラッシュ OFF
撮影日時 2008年2月17日 12:06
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写真では分かりづらいが、かなりでかい魚
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カメラ:CASIO EXILIM EX-P600
レンズ:
ISO 50 ・ 絞り F4.0 ・ シャッター 1/200秒
焦点距離33mm(35mm換算) ・ フラッシュ OFF
撮影日時 2006年11月14日 10:13
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トゲチョウチョウウオ。餌を食べに手元まで近づいてくる
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カメラ:CASIO EXILIM EX-P600
レンズ:
ISO 50 ・ 絞り F4.0 ・ シャッター 1/800秒
焦点距離33mm(35mm換算) ・ フラッシュ OFF
撮影日時 2006年11月14日 10:20
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見事な透明度
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カメラ:CASIO EXILIM EX-P600
レンズ:
ISO 50 ・ 絞り F3.2 ・ シャッター 1/1000秒
焦点距離33mm(35mm換算) ・ フラッシュ OFF
撮影日時 2008年2月17日 11:21
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カメラ:CASIO EXILIM EX-P600
レンズ:
ISO 50 ・ 絞り F4.0 ・ シャッター 1/640秒
焦点距離33mm(35mm換算) ・ フラッシュ OFF
撮影日時 2006年11月14日 11:05
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プールか?と疑うほどの海の色
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カメラ:CASIO EXILIM EX-P600
レンズ:
ISO 50 ・ 絞り F5.0 ・ シャッター 1/250秒
焦点距離33mm(35mm換算) ・ フラッシュ OFF
撮影日時 2006年11月13日 10:16
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旧日本軍の戦車の残骸
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カメラ:CASIO EXILIM EX-P600
レンズ:
ISO 50 ・ 絞り F3.5 ・ シャッター 1/1250秒
焦点距離33mm(35mm換算) ・ フラッシュ OFF
撮影日時 2006年11月13日 14:13
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バンザイクリフ
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カメラ:CASIO EXILIM EX-P600
レンズ:
ISO 50 ・ 絞り F4.5 ・ シャッター 1/1250秒
焦点距離33mm(35mm換算) ・ フラッシュ OFF
撮影日時 2006年11月13日 14:17
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カメラ:CASIO EXILIM EX-P600
レンズ:
ISO 50 ・ 絞り F3.5 ・ シャッター 1/1250秒
焦点距離33mm(35mm換算) ・ フラッシュ OFF
撮影日時 2006年11月13日 14:14
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カメラ:CASIO EXILIM EX-P600
レンズ:
ISO 50 ・ 絞り F3.5 ・ シャッター 1/1250秒
焦点距離33mm(35mm換算) ・ フラッシュ OFF
撮影日時 2006年11月13日 14:14
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カメラ:CASIO EXILIM EX-P600
レンズ:
ISO 50 ・ 絞り F5.8 ・ シャッター 1/250秒
焦点距離99mm(35mm換算) ・ フラッシュ OFF
撮影日時 2008年2月16日 13:13
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バンザイクリフの断崖絶壁
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カメラ:CASIO EXILIM EX-P600
レンズ:
ISO 50 ・ 絞り F5.4 ・ シャッター 1/40秒
焦点距離76mm(35mm換算) ・ フラッシュ OFF
撮影日時 2006年11月13日 17:57
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カメラ:CASIO EXILIM EX-P600
レンズ:
ISO 50 ・ 絞り F2.8 ・ シャッター 1/2秒
焦点距離33mm(35mm換算) ・ フラッシュ OFF
撮影日時 2008年2月16日 16:33
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日光軒のラーメン、ややぬるかった
〜どうでもいい話〜
蟹之助が幼かった頃はまだ海外旅行は身近なものではなく、
当時は
『一生に一度は海外旅行に行きたいな』
などと思っていたものだった。
しかも
「海外旅行=ハワイ」
「飛行機は背広で搭乗」
という認識が世間でも一般的な考えだった(と思う)。
外国が身近なものとなったのはバブル期以降。
蟹之助の初めての海外旅行は2002年のサイパンで、
社会人2年目の社員旅行だった。
その頃は海外というのががどんな所なのかあまり想像できなかった上に
インターネットも使いこなせていない時期だったので事前の予定も組まず
『とりあえず行ってその場で考える』という旅だった。
実際行ってみると、サイパンは小さな島ながら随所にアメリカンな雰囲気が漂い、
あらゆるものが日本とは違う。

最も感動するのは何といっても海の美しさ。
日本で見る海とはまるで違う、明るく輝くエメラルドグリーンの海。
全体的な様子はいわゆる田舎町で、人は少なくのんびりとしている。
そんな雰囲気が大変気に入り、サイパンも海外旅行も一発で好きになった。
サイパンは厳密にいうとアメリカではなく『北マリアナ連邦』と呼ばれる地域なのだが
実質アメリカのような状態で、言葉はほぼ英語、通貨はドル。
だが、島に欧米人はほとんどおらず、住民の半数が先住民のチャモロ人、
残りの半数が中国人や韓国人。
コンビニは中国系の人が営業している率が高い。
サイパンは太平洋戦争中、日米の激戦が繰り広げられた場所である。
日本軍は米軍の圧倒的な物量の前に屈し、他の南方戦線同様玉砕した。
激戦の爪痕は今も島のあちこちに点在しており
米軍が南から上陸して北上侵攻した関係からその面影は島北に色濃く残っている。
美しい海沿いの、長く何もない一本道をしばらく進み、
ゆるやかな坂道を登りきると眼前に豁然と大海原の展望が開ける。
その先は高さ数十メートルの断崖絶壁。
ここが島最北端の「バンザイクリフ」で、米軍に追い詰められた民間人が
「万歳」を叫んで次々と身を投げた場所である。
このあまりにもに美しい海の彼方には、懐かしくも愛しい麗しの祖国がある。
だが背後には敵兵が迫り、海や空にはアメリカ艦船と航空機が
ネズミ一匹逃さぬ布陣を敷いている。
助けはなし、逃げ場もなし。
追いつめられた人々の恐怖と悲しみはどれほどだったのか...
その少し内陸側には日本軍最後の指令施設のあった「ラストコマンドポスト」があり、
戦車や砲台などの残骸が数多く残っている。

内陸側の崖「スーサイドクリフ」も追いつめられた民間人が大勢飛び降りた場所であり、
自決をくい止めようとアメリカ艦船が放った砲弾の炸裂痕が岩壁のあちこちに残っている。
ここで亡くなった人々の実際の気持ちなど平和ボケした我々には到底知る術はないが、
そういう歴史があった事を知り、決して忘れないという意識だけは持ち続けようと思う。
念仏のように『戦争反対』さえ唱えていれば平和を享受できる、
そんなのん気な世界ではないという事も...

島内は50ccのスクーターでも2時間ぐらいあればぐるりと回れてしまう。
最も高い「タポチョ山」も、途中険しい場所もあるがスクーターで
山頂まで行くことが可能。
頂上にはほとんど人もおらず、素晴らしい景色を独り占めできる。
ダイビングスポット「グロット」は神秘的な雰囲気があり
ダイビングをせずとも訪れてみる価値がある。
なんというか、『目には見えない何かの存在』を感じる場所である。

そして、サイパンに行ったのなら絶対に外せないのが
沖合の小島「マニャガハ島」で、モーターボートで10分ぐらいで渡る事ができる。
そこには、本島以上の透明度を持つ海にこれでもかという程の熱帯魚が泳いでおり
そのお魚天国ぶりは、上で紹介している写真を見てもらえばわかるだろう。
また、本島からセスナに乗って近隣のテニアン島やロタ島に行くと
ウミガメに出会えたり、古代遺跡を見ることもできるらしい。
サイパン唯一の繁華街『ガラパン地区』には、飲食店や土産物屋、
マッサージ店が軒を連ねている。
繁華街と言っても規模は極めて小さいが、
ホテルはガラパンから近い場所に取った方が何かと便利である。
ガラパンの夜は各種客引きが非情に盛んである。
「オニイサン、ドコ行クノ、マッサージドウデスカー!?」
と、かなり遠くからでも日本語で呼びかけてくる。
それらはだいたい若い中国人女性で、
それぞれの店の前で4、5人が呼びかけをしている。
若い女の子たち+マッサージ→エロ
というのは必ずしも当てはまらず、ごく普通のマッサージ店である場合が大半。
ボッタクリの店はほとんど無いようだった。
店員はだいたい20代前半、皆そこそこ日本語が話せる。
ターゲットとなる客は日本人、理由は「乱暴しない、金払いが良い」という事らしい。
なかなか可愛らしい娘さんたちだが、拘束時間が長く賃金は低い、
過酷な労働条件のようだった。
ガラパンで最も印象に残っているのは『クラブマーメード』。
フィリピンパブである。
日本ではお水系の店には一切行かない蟹之助だが、海外では異文化に触れる目的から
(ボったくられるかな、ボったくられないかな♪)
などと思いながら単独潜入する事が多い。
マーメードのコンパニオンはもちろん全員フィリピン人。
店内は薄暗く、クラブミュージックが大音量で流されている。
前出のマッサージ店同様ターゲットが日本人であるため日本語がそこそこ通じ、
席に座るなり
「ワタシ、アナタ好キ」
を連発してくる。
「んなわけねーだろ(笑)」
と肩を叩いて突っ込みを入れるも
何度も繰り返されるとまんざらでもない気分にさせられてしまう。
すらりとしたスタイルで欧米系の顔立ちの娘さんもいるし、
性格は極めて明るく、陽気な雰囲気を持っている。
仕事で訪れた日本人タレントも結構遊びに来ているようで、
見覚えのある有名人とコンパニオンのツーショット写真をいくつか見せてもらえた。
予想外の楽しさに、自分には珍しいぐらいフラフラに酔っぱらって
ホテルに戻るとデジカメが無い事に気付いた。
マーメードに忘れてきたのだった。
社会勉強で一度だけと思って訪れた店だが明日も行かなければ。
しかし無事に戻ってくるだろうか...
翌日さっそく昼頃に行ってみたが当然のごとく店は閉まっている。
夕方改め訪れると今度は営業しており、昨晩のコンパニオンが席に付いて
「昨日コレ忘レタネ」とすんなり返してくれた。
海外での遺失物が失くした時の状態のまま苦もなく返ってきた事に非常に感動した。
二年後...
今度は身近な友人たちを引き連れて再びサイパンへ。
変化の少ない小さな島なので、自分としての新たな発見はなかったが
初めて訪れた友人は楽しんでくれたようだった。
マーメードも変わらず営業していたので友人と共に訪れると、
「ワタシ、アナタ好キ」を連発してくれたあの娘もまだ在籍しているようなので
再び指名してみる。
「ヒサシブリ〜、ナンデズット来ナカッタ〜」
蟹之助を覚えていてくれた。
「モウコノ店デ2番目ノ年寄リヨ」
そう語る24歳の彼女の左手薬指には銀色の指輪がはめられていた。
「アビィ、その指輪は結婚したのかね?」
と聞くと
「コレ違ウネ、オ客サンニモラッタ」
と言ってどこかに隠したが、大切な物であることは確かだった。
客一人につきコンパニオンが一人付く。
友人にも別の女の子が付き、前回同様楽しい時間はすぐに過ぎ去った。
帰り際に戯れで相手の手相を見て、
「おやっ、何か最近悲しい出来事がなかったかね?」
と冗談半分で言うと
「半年前ニオ母サン亡クナッタ...」
と予想外の言葉が返ってきた。
フィリピンから出稼ぎに来ている24歳の娘。
みんな2年もしないうちに国に帰るのに、未だにこんな場所で働いている。
辛いこともあるだろうに、何事もなかったように陽気に接客して。
もう辛い思いをする必要はない、蟹之助が全力で面倒を見るから、
日本で一緒に暮らさないか...
だが、それは無理な話なのだった。
ちなみにフィリピンは反日の国である。
とはいっても普段はそれに気付かされるような動きはほとんど無いが、
長い年月の欧米従属のうちに宗教も習慣も同じ方向へ感化されていたところへ
太平洋戦争が始まり、野蛮に感じられる日本兵が突如攻め入ってきたので反感を
持つ人が大半だったようだ。
もちろん、フィリピンパブにはそのような雰囲気は全くない。
何度来てもその南国ならではの美しさに癒され非常に楽しい気持ちになるサイパンだが、
ある時、現地の日本人ダイビングインストラクターに
『こんなに綺麗で静かな場所で毎日を過ごせて本当に羨ましいですね。
東京はギスギスしていてノイローゼになりそうですよ』
と言うと、
『毎日毎日何の変化も無くてノイローゼになりそう、東京が羨ましい』
との言葉が返ってきた。
もし遊牧民に
『住処を移動しながら生活するのは変化と刺激に富んでいて良いですね、
しがらみも無くマイペースで生活できて羨ましい』
と言ったら
『安定がなくて毎日不安、そろそろ定住したい』
と答えるのかもしれない。
サイパンを訪れたのは2002年、2006年、2008年の三回。
三回とも一眼レフを所有する前の旅行だったため撮影は全て通常のデジカメ。
だが、ディカパックを使用しての海中撮影は想像以上の出来で大変満足している。
海中撮影は波で体が安定しないし魚の動きも早い、
ディスプレイの確認もできないしファインダーも覗けない、
だから構図も狙えないしピントもほとんど合わない状態なので
だいたいの勘でバリバリとシャッターをを切るしかなく、
ほとんどがハズレ写真となるが、20枚に一枚ぐらい
『こりゃすげぇ!』というような写真が撮れる。
太陽光は強いのでシャッタースピードを気にしないで済むのが救い。
<加筆>※サイパンは2009年11月にアメリカ連邦化しました
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